東京高等裁判所 昭和35年(う)2205号 判決
被告人 坂下広士 外二名
〔抄 録〕
検察官の控訴趣意第二について
所論は、原判決には被告人坂下及び同吉川に対し没収に代る追徴を科さなかつた点において、法令の解釈、適用上判決に影響を及ぼすことの明らかな誤を冒しているというのである。
よつて按ずるに、選挙運動の費用及び報酬として金員が供与された場合においても、該金員の中から更に選挙人又は選挙運動者に金員を供与すべき旨の負担が付せられており、被供与者がその負担の趣旨に従つて選挙人又は選挙運動者に対し供与をなし、その供与を受けた者からこれを没収又は追徴すべき関係にある場合には、その部分については前の供与を受けた者からは追徴すべきではないと認むべきところ、記録並びに当審における事実取調の結果によれば、本件において被告人坂下の収受した合計四十万円の金員及び被告人吉川が収受した合計三十三万円の金員は、いずれもその供与の趣旨中に、更に他の選挙人又は選挙運動者に対し供与をなすべき旨の負担が付せられているということを窺い得るから、被告人坂下がその趣旨に従つて被告人吉川に供与した三十三万円については、被告人吉川から没収又は追徴されるべきものとして、これを被告人坂下からは追徴できない筋合であり、また、被告人吉川が負担の趣旨に従つて原判示第三(2)(イ)ないし(ヘ)の如く篠田正明外五名に供与した金員合計四万五百円については、各被供与者から没収又は追徴されるべきものとして、これを被告人吉川から追徴できない筋合であるといわなければならない。これに反し、被告人坂下が収受した四十万円中、被告人吉川に供与した三十三万円の残額七万円については、それが同被告人から更に他の選挙人又は選挙運動者に供与されたことは認め難く、仮にこれを同被告人が自身のなした選挙運動の費用に支出したとしても、その分は同被告人から支出を受けた者らから没収又は追徴し得べき関係にあることは認められないから、結局右七万円については、それが同被告人の手中に現存していない以上同被告人からその価額を追徴すべきものであり、また、被告人吉川が収受した三十三万円中篠原外五名に供与した金員の残額二十八万九千五百円については、それが同被告人から更に他の選挙人又は選挙運動者に供与されその供与を受けた者から没収又は追徴し得べきことは認め難く、仮に同被告人においてこれを本件選挙運動費用(法定の選挙運動並びにこれを超過する選挙運動費用)のため支出したとしても、同様これをその支出を受けた者から没収又は追徴し得べき関係にあることは認められないから、結局右二十八万九千五百円については、それが同被告人の手中に現存していない以上同被告人からその価額を追徴すべきものといわなければならない。しかるに、原判決は、追徴は供与を受けた金員のうち、他の方面に使用したとか、或いは使い残りのある場合にこれをするものであり、供与を受けた金員を選挙運動のために皆使つてしまつた場合には、追徴すべきものはないという前提の下に、被告人坂下、同吉川は各供与を受けた金員を全額選挙運動に使つてしまつたと認められるから、右被告人らから追徴すべきものはないとして、検察官の追徴の請求を全面的に排斥したのであるが右原判決の理論的前提自体必ずしも趣旨が明瞭であるとはいえないのみならず、少くとも部分的に誤つていることは前段説明により明らかであり、その結果当然なすべき追徴をなさなかつた誤りがあるから、ひつきよう原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな法律の解釈、適用の誤をおかしており、検察官のこの点に関する所論は理由があるに帰するから、原判決中被告坂下、同吉川に対する部分は破棄を免れないというべきである。
(三宅 東 井波)